納期目安:
2026.04.27 17:53頃のお届け予定です。
決済方法が、クレジット、代金引換の場合に限ります。その他の決済方法の場合はこちらをご確認ください。
※土・日・祝日の注文の場合や在庫状況によって、商品のお届けにお時間をいただく場合がございます。
不昧公の正室・方子と娘・玉映の落款
閉じる「懸其所仕之車置諸廟」漢詩文の落款
閉じる仙台藩医・木村寿禎の落款
閉じる断層画像写真
閉じる女三の宮の降嫁、復元模型
閉じる蹴鞠を楽しむ柏木と眺める女三の宮
閉じる蹴鞠の拡大、右下が女三の宮、御簾の外に猫
オススメ度 4.9点
現在、2789件のレビューが投稿されています。
京都の公卿・大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)自筆「源氏物語」近衛基熙・旧所蔵
自筆「源氏物語」の「若菜(わかな)下」の巻は、禁裏(京都御所)において書かれたものです。【 郷土資料 新潟県 味方村 古文書 】味方村郷土史研究会 郷土 資料 古書 詳細不明。
自筆「源氏物語」の筆者である「大炊御門宗氏(おおいのみかどむねうじ)」は、室町時代の第103代天皇である後土御門天皇(ごつちみかどてんのう)の曽祖父です。二・二六事件 陸軍大臣川島義之の手紙 肉筆 昭和11年3月11日。
したがって、出品した自筆「源氏物語」は、天皇の曽祖父の貴重な自筆です。江戸期ビンテージ 慶應新刻 學庸 全 片仮名付 1860年代 TTH605。大炊御門宗氏の長男・信宗の娘が大炊御門信子(のぶこ)であり、信子は後花園天皇の寵愛を受け准后として御所に居住し、皇子を生み後に第103代後土御門天皇として即位し、信子は生母・皇太后となる。町人身体柱立 増補再板 上下二冊。現在の今上天皇と系譜がつながっている。鉄砲・猟銃関係の資料 まとめて 一括 明治時代 古文書 和本【23-0814-3】。
関白・近衛基熙(このえ もとひろ)は、後水尾院(第108代後水尾天皇)の皇女・常子内親王と結婚。仙台関係資料●昭和20年 戦争と神社 必勝祈願祝詞 戦後復興願祝詞 大東亜戦争終息奉告祭祝詞 鹿島神社宮司内海五三男 241002 古文書。二人の皇女・熙子(ひろこ)は、甲府藩主・徳川綱豊と結婚。信行両一念章 天保4 写本 仏教 江戸時代 佐賀県佐賀市 浄土真宗本願寺派宝海山願正寺 熊本県玉名郡南関町 長慶寺 検)親鸞浄土宗真言宗NA。綱豊は、のち第六代将軍・徳川家宣となり、熙子(ひろこ)は将軍家宣の正室となった。女子図画 たくさん 28冊一括 大正から昭和10年代にかけて 送料無料。近衛基熙は、千利休の孫・千宗旦との茶会の交流(下記に掲示)で知られると同時に、第111代・後西院天皇や後水尾天皇を主賓に迎え茶会を開催。朝鮮米の研究 菱本長次 1938 初版第1刷 千倉書房/気候/土地改良/小作制度/朝鮮産米増殖計画/品種改良/病害の防除/穀物検査/輸送/B3233143。茶会の際、基熙が所蔵する藤原定家・自筆の「定家色紙」を持参した記録がある。●極上和本YM4812●江戸明治和本等>女訓三乃道[三の道・教草](刊年不明板・原装題簽付・美本)往来物 中村新斎 原在中 森川保之画。基熙は、他にも朝廷・幕府の間で茶会を何度も開催した記録が残っている。f24110846A〇写本 和漢朗詠集抜書 梅花帯雪飛琴上 柳色和烟 (煙)入酒中 弘化4年〇和本古書古文書。(資料の記録は下記に掲示)
出品した「源氏物語」は、南北朝時代から室町時代前期の公卿であった「大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)」の自筆です。謡曲関係古書 三冊セット販売 享保年間。
自筆「源氏物語」の書の特徴から高松宮系統と称されるものです。陸軍士官学校蔵版 「武教註解」 全5巻2冊揃。「源氏物語」には、応永五年(1398)~応永十三年(1406)までの複数の年号の記載があることから、少なくとも応永五年から8年間にわたり書かれていることがわかる。f24111909〇漢隷字源. 全7冊中1冊欠 計6冊 碑目,上平,上声,下平,去声,入声 下声欠 宝暦2年〇和本古書古文書。このため後醍醐天皇の宸翰(しんかん・天皇自筆)にかなり近い年代に書かれていることがわかる。明治〜昭和初期ビンテージ 戦前の古書 古文書 12点セット 学校教科書 図書の附録 詩歌集 明治天皇御製 OJM608。また、各巻ごとの書かれた年については不明。▼ 【計5冊 清律例彙纂 熊本藩訓譯本 律令研究会 昭和56年】159-02408。従って、応永五年とは、書き始めの年である。L▲/和本/方谷山田先生遺墨集/昭和3年。また、落款から、後年、近衛基熙(1648~1722)の所蔵となり、時代が下って、松平不昧公の手にわたり、正室・方子の所蔵となったものである。朝霧 阿部知二著 初版本。近衛家で永く保存されておりましたので、保存状態は極めて良好です。『隅田川梅柳新書』鶴聲社 著/曲亭馬琴 編・発/森 仙吉 明治16年。
大炊御門家は、平安時代末期摂政関白藤原師実の子経実・治暦4年(1068)~天承元年(1131)を祖として創立された。二本松藩領永田村古文書●江戸末期~明治3年 二本松藩領内の町割村別負担割合等 62丁 安達郡永田村 現在の福島県二本松市 241110。大炊御門北に邸宅があったため「大炊御門」を称する。中澤千代松(医師)宛ての小包み 中身は医学書か?/敬文社出版部 伊達政宗 医学史【24-0630-10】。初代、経実の子経宗は平治の乱で平清盛方の勝利に貢献。【希少】三奉行問答 問答集1 石井良助/服藤弘司 創文社【ac01w】。また、二条天皇の外戚として勢威をふるい、左大臣に昇った。B-842 正法眼蔵随聞記 光明蔵三昧 仏教 仏書 和書 古書 曹洞。出品した「源氏物語」の筆者・大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)は、大炊御門家13代の当主で南北朝時代から室町時代前期の公卿。h∞∞ 発行年不明 金譜 全 福園主人・編輯 和本 古書 /A06。応永5年(1398年)に従三位となり公卿に列する。無住道暁『沙石集 貞享三年版』(全10冊揃)限定290部 昭和56年 日本文化資料センター刊 江戸時代和本(後摺本)仏教説話集 仏教書 仏書。備前権守、参議、権中納言、権大納言などを歴任し、応永27年(1420年)に内大臣に昇任した。本願成就文講辯 文政12 浄土真宗 写本 仏教 江戸時代 検)仏陀浄土宗真言宗天台宗日蓮宗空海親鸞法然密教禅宗臨済宗古書和書古文書NA。
旧・所蔵者の近衛基煕は、「源氏物語」に造詣が深く、「源氏物語」の注釈書『一簣抄』(いっきしょう)を著(あらわ)しております。K1185サ△「温故要略」 全5巻揃 洛西前浄円教寺沙門盤察編輯 享保7年 江戸期/和本/古書/古典籍。炊御門宗氏・自筆「源氏物語」は、近衛基熙が研究のために収集し、のちに出雲松平家に伝わり、松平治郷の正室・方子が鑑賞していたものです。昭和7年 唐宋元明清書画家人名辞書 全7巻1帙 一名支那書画名家姓名字号捷覧 送料無料。近衛基熙が所蔵する自筆・「源氏物語」の中で、最も美しく繊細な筆致で記された平安時代の文字に最も近いとされております。折口信夫全集 ノート編 追補共 全24冊 折口博士記念古代研究所編。数ある自筆「源氏物語」の中で、第一級品と称される貴重な自筆です。□復刻版 東京百事便 全4冊揃 三三文房 平成11年 フジミ書房[管理番号102]。
出品した「源氏物語」は「若菜(わかな)下」の内容の要旨
『源氏物語』五十四帖の巻名のひとつ。8723 去腐補新 正文章軌範評林大成(全6冊 線装本)。若菜・下の巻名は朱雀院(前朱雀天皇)の五十の御賀があり、源氏の君はその賀宴を「このたび足りたまはん年、若菜など調(てう)じてや」に因む。大正6年 彩色木版画24面 「絵本東童郎」上下巻揃 東都歳時記 山王権現 王子稲荷 目黒不動 上野両大師 東西本願寺。柏木は朱雀院(前朱雀天皇)皇女で源氏の君の正室に降嫁した女三の宮へのかなえられない恋に煩悶する。f24102301〇白隠禅師 夜船閑話 病気を克服した体験を記録 友松堂小川源兵衛 禅宗 医学 宝暦7年(1757年)〇和本古書古文書。四年の歳月が経過。帝国鉱業開発株式会社史。冷泉天皇は在位十八年にして東宮に譲位し今上天皇として即位した。●極上和本YM4774●〈高札〉天和御式目[武家御式目・御高札式目]稀書往来物 天和3年初刊、江戸後期後印 法制。翌年、朱雀院(前朱雀天皇)と女三の宮との対面を企画し五十の賀宴が催されることになった。j∞* 4冊まとめて 江戸期 和本 和漢朗詠国字抄 一~八 高井蘭山 享和 古書 和漢朗詠集国字抄/B34下。源氏の君は六条院の女たちによる「女楽」による演奏の宴を開いた。I02-012 改訂増補 萬葉集新解下武田祐吉 著。柏木は、女三の宮の姉・女二の宮を正室に迎えたが、女三の宮への未練を断ち切れずにいる。日本勧業銀行 勧業債券8枚 大正6~8年(1917~1919) 金拾円【24-0412-81】。葵祭りの前日、柏木は源氏の君の不在時に小侍従の手引きにより女三の宮と逢瀬をした。8719 改訂音訓 礼記 再刻後藤点(元・亨・利・貞)(4冊揃い、線装本)。夏のある日、源氏の君は女三の宮の体調不良の原因がご懐妊と知り、不審を抱いた源氏の君が柏木から女三の宮あての手紙から柏木と女三の宮の密事が発覚する。I02-009 内田魯庵 著 思ひ出す入々 春秋社版 箱破れあり。(女三の宮の子がのちの薫の君)源氏の君、41歳から47歳までを描いている。安居講録 正像末和讃講録 一乗院覚寿 2冊揃 明治37 仏教 検)仏陀浄土真宗浄土宗真言宗天台宗日蓮宗空海親鸞法然密教臨済宗戦前古書和書PH。
自筆上部の「懸其所仕之車置諸廟(其仕ふる所の車を懸(か)けて諸(これ)を廟(城門)に置く)」の漢詩の落款
漢詩は「白氏文集」の中の有名一節です。頼春水著 頼山陽編『在津紀事』(全二巻二冊揃)明治十年 頼又二郎刊 明治時代和本 漢詩文集。押捺の詳細な理由は下記説明欄に記載
(自筆表面の凹凸はストロボの反射によるものです。菊池容斎画譜 松本楓湖縮図 錦栄堂 2冊 明治24年 大原孫兵衛。)
大炊御門宗氏・自筆「源氏物語」近衛基熙・旧蔵の来歴については下記「説明欄」に記載
《「源氏物語」若菜(わかな)下の巻》
「若菜・下」の巻は英文で「New Herbs Part Two」と表記されます。s◆◆ 江戸期 音訓國字格 全 1冊 上下 合本 文政八年 山城屋左衛門 音訓国字格 木版 和本 古書 当時物 /N54。
《原本上部に「懸其所仕之車置諸廟(其仕ふる所の車を懸(か)けて諸(これ)を廟(城門)に置く)」という。幼学詩韻續 再刻 完 和本。これは、中国の皇帝が譲位した場合、高位の高官も職を致仕(退官)するという「白氏文集」の漢詩文に由来している。人参史 全7巻セット。「若菜・下」では在位十八年の冷泉帝が譲位し、これにつれて太政大臣が致仕する。武者小路実篤筆 「愛」 15.5x55cm 印有 錦子識 墨 書 軸。原文には、「かしこき帝の君も位を去りたまひぬるに、年ふかき身の冠(かふふり)を懸(か)けむ」と記されており、「白氏文集」の漢詩文からの引用である。新井白石『同文通考』(全四巻四冊揃)宝暦一〇年 星文堂梓 江戸時代和本 中国・日本の文字略論 漢字論。》
(自筆表面の凹凸はストロボの反射によるものです。明治26~28年 豊臣秀吉公肖像 京都大仏の再建運動【24-0901-5】。)
「自筆原本」
自筆下の二つの印は、出雲・松江藩主・松平治郷の正室・方子・と娘の幾千姫(玉映)の落款。8725 鼇頭 評註春秋左氏伝校本(全15冊 線装本)。
自筆上部のタテ長の印は、「懸其所仕之車置諸廟(其仕ふる所の車を懸(か)けて
諸(これ)を廟(城門)に置く)」という漢詩文の落款。東藩史稿・11冊/仙台・作並清亮・幕末-大正時代の儒者/大槻文彦序文・大正4年/伊達宗樹基書/仙台藩にゆかりのある人物を紹介/和装本。
反対側の印は仙台藩医・木村寿禎の落款
《原本中の凹凸はストロボの影響によるものです。日本名所図会全集 全14冊。》
自筆下部の印は出雲・松江藩主・松平治郷の正室「方子(よりこ)と娘・幾千姫(玉映)の落款(印譜)
自筆が「古切」とされたのは江戸時代。I02-013 改訂増補 萬葉集新解 中 武田祐吉 著。古切に至る詳細な経緯は下記「希少価値欄」に記載
(1)・自筆の「原文の読み下し文」は次の通りです。古文書 書簡 山野辺主水正(やまのべもんどのしょう)書簡 松平太郎衛門宛て 水戸藩家老 助川城主。
《「源氏物語」若菜(わかな)下の巻》
《原本上部に「懸其所仕之車置諸廟(其仕ふる所の車を懸(か)けて諸(これ)を廟(城門)に置く)」という若菜・下の原文中に引用されている漢詩の落款が押捺されている。即決アンティーク百科事典江戸期和本1750(寛延3)年元刻(文久4)年4刻『永代節用無蓋藏』大雑書、類書、社寺仏閣、地理、漢字、花押、卜占。》
《かほ(顏)をみ(見)つゝ、》・・・のたまへは、いよいよ、
らうたけに鳴くを、ふところに入れて、なかめ居給へり。f24101809〇算法新書 全5巻合本1冊 千葉雄七胤秀(編) 西宮彌兵衛、文政13年〇和本古書古文書。
御達なとは、あやしく、にはかなる猫の、時めくかな」
「かやうなる物、見入れ給はぬ御心に」
と、とかめけり。安居講録 正信念仏偈講録 竜山慈影 真宗高倉大学寮 2冊揃 明治36 仏教 仏陀浄土真宗浄土宗真言宗天台宗日蓮宗空海親鸞法然密教臨済宗戦前PH。宮より召すにも、まゐらせす、
とりこめて、これを語らひ給ふ。高畠藍泉『柳亭種彦京都土産蝶鳥筑波裾模様』(全三巻揃)明治一七年刊 明治時代和本 彩色木版画入 落合芳幾・歌川国松ら絵 浮世絵。
左大將殿の北の方は、大殿の君たちよりも、
右大將の君をは、なほ、昔のまゝに、疎からす思ひきこえ給へり。東陽英朝編『増補頭書禅林句集』(全二冊揃)明治二二年 矢野平兵衛刊 明治時代和本 臨済宗 仏教書 仏書 大徳寺53世住持 妙心寺13世住持。
心はへのかとかとしく、け近くおはする君にて、對面し給ふ時々、
こまやかに、へた(隔)てたるけしき(氣色)なく、
もてなしたま(給)へれは、大將も、
志けいさ(淑景舍)なとの、うとうと・・・・《しく、》
(文責・出品者)
「原文の読み下し文」は、読みやすいように「通行訳」としております。■『白波五人男』神奈川縣平民・市川かめ翻刻。明治21年初刷。ボール表紙本。文事堂發兌。御存知「歌舞伎十八番」の伊達男が勢揃い。。
《「源氏物語」若菜(わかな)下の巻》
《柏木・東宮(皇太子)に頼み込んで女三の宮が大切にしている猫を預かる》
《(柏木)「やるせなくも自分の恋い慕うあの方の形見と思って飼いならしていると、
おまえはまあ、どういうつもりでこうした鳴き方をするのだろう。大隈重信書簡 河野通倫宛 第一月五日附。
わたしの気持がよく分るのだろうか。f24110905〇丹氏察病学 全6巻揃 状態良 明治7年〇和本古書古文書。これも前世からの因縁だろうか」
と、衛門督(柏木)は、宮(女三の宮)の愛猫の
その顔をのぞきのぞき》・・・・・お話しかけになる。完品 芥川龍之介『澄江堂句集』(全2冊揃=本編+印譜)昭和2年 文芸春秋社出版部刊 帙付初版本 別紙「印譜目録」付。
すると、猫はいよいよかわいらしく鳴くので、衛門督(柏木)は、
ご自分の懐(ふところ)の中に抱き入れて虚(うつ)けたようになっていらっしゃる。御裁断御書 文政11 浄土真宗西本願寺 写本 仏教 佛現寺 京都府京都市中京区六角油小路町 江戸時代検 仏陀浄土宗真言宗天台宗親鸞法然古書NA。
年配の女房などは、
(女房)「妙なこと、急に猫をおかわいがりになるとは。菊池寛三郎編『神風遺談』(全3冊揃)安政3年須原屋伊八刊 江戸時代和本 元寇資料 絵入本 鎌倉時代日本史・中国史(元代資料)。
今までこんな動物になど見向きもなさらなかったのに」
と、不審に思うのだった。1937年 号外 国民党軍 中央軍 検索⇒招牌 幌子 商舗 銭荘票號 當舗 洋行 洋場 租界 憲兵 巡捕 大煙館 妓院 中華民国 絵本 戯院 茶館 赤軍。東宮(皇太子)から宮(女三の宮)の愛猫を返すように
ご催促があってもお返し申さず、独り占めにしてこの猫を相手にしていらっしゃる。陸軍少尉 峯村鍈一郎あて書簡集(巻物)その③/【24-0921-81】。
〔五・玉鬘の姫君・髭黒大将・式部卿の宮の動静〕
左大将殿(髭黒大将)の北の方(玉鬘)は、太政大臣の君達(柏木と弟)よりも、
義理の御弟の右大将の君(夕霧)のほうを、やはり昔と変らずに親しくお思い申しておられる。当方、先祖代々受け継がれ曽祖父蔵にて保管 小笠原 播磨 古文書 書状 歴史的逸品。
北の方(玉鬘)はご気性が利発で、親しみやすいお方なので、対面なさる折はいつも、
思いやり深く他人行儀のところがなくおもてなしになるので、
大将(夕霧)も、淑景舎(しげいさ)の御方(明石女御・皇太子の正室)などが
よそよそ・・・・・《しくいかにも将来の天皇の皇后となられる近寄りがたい
お扱いであるのとひき比べ、一種特別の睦まじさでお付き合いになっていらっしゃる。歴史写真・25冊合本・昭和13年/戦時資料/皇軍快捷号/抗日支那壊滅号/大黄河以北粛清号/徐州大会戦/山西長江確保号/武漢制圧編/漢口陥落号。》
現代語訳の出典・「源氏物語」小学館刊・阿部秋生・東大名誉教授(1999年没)
備考・出品した自筆は、大炊御門宗氏・自筆で近衛基熙の旧・所蔵になるものです。8721 改訂音訓 詩経 再刻後藤点(上下)(2冊揃い、線装本)。
禁裏(京都御所)で書かれたものです。【萬国通史】 上編/中編/下編/巻之上中下 計9冊 中川勘助翻刻 明治10年。
《New Herbs Part Two(若菜・下)》
He looked into its eyes and it returned the gaze and mewed more emphatically.
Taking it in his arms, he resumed his sad thoughts.
"Now why should a cat all of a sudden dominate his life?"
said one of the women. "He never paid much attention to cats before."
The crown prince asked to have the cat back, but in vain.
It had become Kashiwagi's constant and principal companion.
Tamakazura still felt closer to Yugiri than to her brothers and sisters.
She was a sensitive and affectionate lady and when
he came calling she received him without formality.
英語訳文(英文)の出典:『The Tale of Genji』
Edward e Seidensticker(エドワード・ジョージ・サイデンステッカー)コロンビア大学教授(2007年没)
《若菜・下》
他望着猫的它,那猫叫得更昵了。原拓本 跨虎入塵 検索⇒泰山金剛経 支那 朱印譜 法書 金石篆刻 王鐸 呉昌碩 原拓本 摩崖石刻 董其昌 黄庭堅 趙子昴 珂羅版 玻璃版 米元章。柏木便把它抱在里,
茫然若失地耽入思。●極上和本YM4762●農家大学・農家大学解説 稀書往来物 稀書往来物。侍女看到光景,相与怪道:
“只新来的猫,少疼得好害!
他向来些西是看都不要看的。和本「戯場訓蒙図彙」全八巻 合本 合一冊 式亭三馬 勝川春英 歌川豊国 享和三年 歌舞伎和書 古書 y2448。”
皇太子要把猫回,但他只管不,一直把它在家里,当作伴。当方、先祖代々受け継がれ曽祖父蔵にて保管 古文書 古絵図。
且左大将髭黑的夫人玉鬘,于太政大臣家公子,
即的母兄弟柏木等,不甚近,而于右大将夕,反而近,
同从前住在六条院一。送料無料 好色五人女 全5冊1帙。玉鬘富有才气,且又和可。池の坊 四季 生花の手引 下 文進堂蔵版 熊谷八俶 四十三世家元 専啓宗匠題字。
次和夕面,是招待,毫无疏之色。昭和28年復刻 新聞版 「明星」 全5部1帙解説共揃 送料無料。
夕也得母妹淑景舍女御 不易接近,
度分冷淡,反不如玉鬘之和可。百人一首一夕話 九巻完本 天保四年。
中国訳文の出典:『源氏物(Yunsh wy)』
豊子愷(ほうしがい)中国最初の「源氏物語」翻訳者(文化大革命で没)
中央の写真(右から2番目)の写真が「源氏物語」若菜・下の巻の末尾(原本番号107-B)の押印。中村良之進『陸奥古碑集』昭和2年 私家版(青森県弘前市)三村竹清旧蔵書 陸奥史談会創設者/青森県郷土史家による青森県全域の碑文図譜。
左下の四角の大きな印は仙台・伊達家の家紋の印(竹に雀)
家紋の上2つの印は仙台藩主第五代藩主・伊達吉村の正室(冬姫)の印。犯罪及捕縛布達/司法卿・江藤新平・大木喬任/司法大輔・福岡孝弟/明治6年/明治期の罪状及犯罪者詳細を個別に記したもの。冬姫は内大臣・通誠の養女。●極上和本YM4797●江戸明治和本等>〈孝貞躾方〉女訓美玉錦文庫 百人一首 女大学 女中庸 女今川 女文章鑑 居初津奈 ★ゆうパック着払い。
冬姫は通称。AA752◆現代語訳 水論請答控(上下巻)◆箱入り◆富松神社◆善見寿男◆平成19年◆用水◆江戸時代◆水論出入◆史料◆。正式な名は伊達貞子。江戸 初期 寛文 和本 中国 故事成語 作詩 辞典「円機活法 全二十四巻13冊揃い」木版 題せん 付き。2つとも貞子の印。昭和21年 「推古仏の微笑み」 四つ切10枚 夢殿会。左端の写真は「若菜・上の巻」末尾の拡大写真。孟子 全十四巻 元合本 井上櫻塘舊藏本 慶長中刋古活字版の覆刻整版本 元和寛永頃刊。
左上端の細長い落款は、「懸其所仕之車置諸廟(其仕ふる所の車を懸(か)けて諸(これ)を廟(城門)に置く)」の漢詩文の印。【育児須知 上中下3冊】 橋本綱常閲 杉山由哲訳 明治14年。漢詩文の右の2つの印のうち、下は出雲藩主・松平治郷(不昧公)の正室・方子(よりこ)の印。B348・シンガポール中心に同胞活躍「南洋の50年」 1990年コピー版。方子の上の印は方子の娘・幾千姫(玉映)の印。柔術修行秘法/帝国尚武会蔵版/野口清/大正2年/非売品/柔術の実態を説かず修行の方法のみを説きたるもの・実習部における演説の筆記。右上の印は仙台藩医・木村寿禎の落款。自筆「源氏物語」源氏の君、紫の上の健康のご快復を願い加持祈祷をおさせになる・若菜(わかな)下の巻・茶道-茶道具-Ⅱ-51B。右端の写真上は仙台藩主(伊達家)正室一覧表の表紙。真理之礎 第一号 観理学会本部 日露大戦。表紙の下は一覧の拡大写真(仙台市立博物館・刊行)
(出品した自筆の「断層画像写真」(若菜・下の巻)MRI 35―5B
自筆下二つの印は、出雲・松江藩主・松平治郷の正室・方子(よりこ)と娘・幾千姫(玉映)の落款
「近衛基熙の肖像」「後西院天皇主賓の茶会の記録」
1番上の写真は、第103代後土御門天皇と曽祖父・大炊御門宗氏の系図(公家事典303頁)
2番目の写真は「額縁裏面」に表記されるラベル。※生駒家法名 生駒主殿親道 江戸旗本 雅楽頭親正→高松城主讃岐守一正→左近太夫正俊→壱岐守高俊・・高清・・親興・・正親等資料古文書。2番目の写真は近衛基熙の肖像(陽明文庫・所蔵)
3番目の写真は、第107代後陽成天皇の曾孫・近衛基熙の天皇家・近衛家略系図
【天皇家・近衛家略系図の出典(淡交テキスト「茶会記」に親しむ・7)平成29年7月淡交社・刊行】
4番目の写真は、「日本史の茶道」千利休の孫・宗旦と近衛基熙の茶の湯の交流」120頁(淡交社刊)
5番目の写真は、近衛基熙が、御所で第111代・後西院天皇を主賓に茶会を開催した記録「公家茶道の研究」55頁(谷端昭夫・著)
「源氏物語」「若菜・下の巻」絵図、茶室関係資料
下記写真1番目は、「源氏物語屏風(若菜・下)」(源氏物語絵巻)
朱雀院(前朱雀天皇)の五十の賀を祝い女三の宮、紫の上、明石女御が演奏する「女楽」の有名な場面
上から2番目の写真は、「淡交」別冊(愛蔵版・№71 『源氏物語』特集)
上から3番目左右の写真は、茶会における大炊御門宗氏・自筆「源氏物語」を茶道具として用いた茶室の事例
「懸其所仕之車置諸廟(其仕ふる所の車を懸(か)けて諸(これ)を廟(城門)に置く)」という漢詩文の落款が押捺されている。f24110846〇写本 和漢朗詠集抜書 梅花帯雪飛琴上 柳色和烟 (煙)入酒中 弘化4年〇和本古書古文書。この漢詩は「白氏文集」の漢詩に由来するものです。宮崎成身『六藝名義觧』文政5年序 青山堂刊『周礼』六芸解説書 中国周代教養 江戸時代和本 絵入本 六芸名義解。
つまり、原文の内容に関する漢詩の落款を押捺しているのは、茶会における床の間の「掛け軸」(かけじく)を拝見(はいけん)の際に、茶会を主催する亭主が、客に「最高のごちそう」を振る舞うために披露したものです。安居講録 2冊揃 石川了因 真宗高倉大学寮編 明治38 仏教 検)仏陀浄土真宗浄土宗真言宗天台宗日蓮宗空海親鸞法然密教臨済宗戦前古書和書PH。茶会の際に落款に記された由来を知った客が広くそのことを社会に広めたために結果的に、多くの茶会に開催される「最高のごちそう」として原文に関係する漢詩の落款を付したものです。当方、先祖代々受け継がれ曽祖父蔵にて保管 要門 犬甘主税 寛政三 六月吉 内藤七左衛門入道 古文書。「落款」の漢詩の由来を待合において説明する際に、長い時間を要し、茶会における貴重な時間であったと推定されております。f24110843〇写本 飛鳥山十二景倭歌 手彩色画 12枚 筑波山 元文六年刊〇和本古書古文書。
出品している書の「断層(MRI)写真」の原板は、レントゲン写真と同じ新聞の半分ほどの大きさのフィルムです。【初版1944年】日本演劇辞典 渥美清太郎 当初5000部発行版。肉眼では見ることのできない和紙の繊維の一本一本のミクロの世界を見ることができます。●極上和本YM4759●五常五倫名義〈附大学詠歌〉宝暦板系統B 宝暦11年・河内屋版 室鳩巣作 「大学詠歌」「五常五倫名義」「病中のすさび」。日本国内では医療用以外には見ることのできない書の「断層(MRI)写真」です。ポスター 結核予防。
古切の書は、一旦表装を剥離し分析と鑑定検査のために「断層(MRI)写真撮影」をしております。和本『永代大雑書萬暦大成』東都書肆 安政3年。撮影後、展示のために再表装をしております。歌川豊国『古今名婦伝』大正9年 日本美術同好会刊 彩色木版画30枚入 浮世絵 才媛・美人画譜 遊女 花魁。掛軸や屏風にすることが可能なように、「Removable Paste(再剥離用糊)」を使用しているため、自筆の書に影響をあたえずに、容易に「剥離」することができるような特殊な表装となっております。毛利十一代史/首巻~第四十二 43冊 揃い/明治43年 毛利氏。
国内における鑑定人は、自筆の筆者を識別するために、個々の文字ごとに字画線の交叉する位置や角度や位置など、組み合わせられた字画線間に見られる関係性によって、個人癖の特徴を見出して識別する方法、また個々の文字における、画線の長辺、湾曲度、直線性や断続の状態、点画の形態などに見られる筆跡の特徴によって識別する方法、そして、書の勢い、速さ、力加減、滑らかさ、などの筆勢によって識別する方法が一般的な手法です。甲冑品書 浦壁四郎兵衛正一 所持 弘化4年/水野忠邦 田嶋岩尾 加藤橘之助 武道 武術 剣術仙台藩伊達家【24-0627-24】。
一方、欧米では一般的には、「筆者識別(Handwriting Analysis)」と呼ばれる文字解析をコンピューターの数値によって解析しております。華族会館京都及び貴族院旧蔵書『帝国政策と台湾』明治38年 民友社刊。数値解析は、文字の筆順に従いX、Y座標を読み、そのX、Y座標をコンピューターへ入力後、コンピューターによって多変量解析を行うものです。大正三年発行 四十七士 浪六 村上信 義士列 東京市 古書 逆文字。解析の基準となるのが「ドーバート基準」で、アメリカでは日本国内の画像データを自動的に収集、自筆の分析に際し、数値データをコンピューターで自動的に解析し「極似」した画像データによって筆者を識別する研究が進んでおります。1944年 延安 共産党 解放日報 検索⇒満蒙 長春 新京 奉天 関東軍閥 国民党 総督府 南満鉄 張学良 馬占山 生写真 古建築 中華民国 支那 帝国。
2・大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)の自筆の特定について
自筆の筆者は、書体、書風から京都の公卿によって書かれたものであるはわかっていたが、昭和38年以来、筆者名は特定されていなかった。先祖代々受け継がれ曽祖父蔵にて保管 犬飼 書状 古文書。その後、「筆者識別(Handwriting Analysis)」と呼ばれる文字解析と並行し、奥書の「宗」の字の下の文字が判読できずにいた。倉敷紡績を解雇された社員の手紙/昭和恐慌 大原孫三郎 古文書【24-0627-25】。それが、技術の進歩により「宗」の下の文字が「氏」と判読された結果、南北朝時代から室町時代前期の公卿であった「大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)」であることが判明した。和書 弓道 神事儀礼 図解入り解説書 「射禮一統百手口訣」 流派、年代不明(恐らく江戸時代後半) 武家保存希少品 23丁半。
「源氏物語」には、応永五年(1398)~応永十三年(1406)までの複数の年号の記載があることから、大炊御門宗氏が23歳から31歳までの間に書かれたものと推定されている。●極上和本YM4764●〈御家〉農家大学(玄水堂・単色刷り・後印本)知足庵(南総周准郡大鷲村住人)原作・玄水堂書 稀書往来物 美本。宗氏は、正二位・内大臣まで昇進したのち、応永28年(1421)47歳で没している。The Russo-Japanese War Fully Illustrated・1905/日露戦争・3冊/明治37年/英語表記。
3・自筆「源氏物語」の旧・所蔵者の特定の経緯について
近衛基熙の旧・所蔵の特定は、「花押」の写真照合技術によるものです。676魚屋北渓/葛飾北斎門2■江の島道中(仮)■ 狂歌 摺物 江戸期?時代物 彩色木版画木版版画 絵入絵本 和本浮世絵ukiyoe古書古文書骨董古美術。アメリカのコンピューターを用い、「筆者識別(Handwriting Analysis)」と呼ばれる文字解析を、花押の照合に応用し、指紋の照合方法と同じ手法により99.9パーセントの確率で特定に至ったものです。潤色 栄花二代娘 全五巻 浮世草紙 安永三年序刋(國書)。
4・近衛基熙(このえもとひろ)について
近衛基熙は、慶安元年(1648年)3月6日、近衛尚嗣(関白・左大臣)の長男として誕生。二種深信私記 御文神明三ヶ篠講義 全 金沢護法会 朝倉暁海 大正5 明治 仏教 金沢市 )仏陀浄土真宗浄土宗真言宗天台宗日蓮宗空海親鸞法然PH。母は後水尾天皇皇女女二宮。九岐晰『身代の番人 一名破産予防法 全』明治12年うさぎ屋誠刊 商売心得 明治時代ボール表紙本。実母は近衛家女房(瑤林院)。漢籍 「評註正文章軌範 正続 5冊」「文章規範講義 上下」「 正文章軌範譯解 正・続 全6冊」 王陽明・司馬遷など 漢文 和本 古書 ②E。幼名は多治丸。☆序文・青木月斗(正岡子規門弟),後記・菅裸馬(財界人:菅礼之助)《 俳人 風可子:風調雨順・風花雪月)》☆送料650円 研究資料 激レア 貴重。父、尚嗣が早世し、尚嗣と正室女二宮の間には男子がなかったため、後水尾上皇の命により、近衛家の外にあった基熙が迎えられて上皇の保護下で育てられた。文学論 小田切秀雄著 初版本。承応3年(1654年)12月に元服して正五位下に叙せられ、左近衛権少将となる。【古籍善本】 ★ 文献叢編増刊 2册 ★ 虫食い 清三藩史料 故宮博物院編 経史子集 検 清朝古書古本珍本漢籍唐本唐物骨董古玩碑法帖和本。以後、摂関家の当主として累進し、翌年明暦元年(1655年)従三位に上り公卿に列せられる。民家用文章 (題せん)なし 和本。明暦2年(1656年)に権中納言、万治元年(1658年)に権大納言となり、寛文4年(1664年)11月23日には後水尾上皇の皇女常子内親王を正室に賜った。H16-002 古文書時代鑑 覆刻/新装版 上・下巻 解説本付 東京大学出版会。寛文5年(1665年)6月、18歳で内大臣に任じられ、寛文11年(1671年)には右大臣、さらに延宝5年(1677年)に左大臣へ進み、長い時を経て元禄3年(1690年)1月に関白に昇進した。I02-018 徒然草詳解 文學士内海弘藏著 東京明治書院 書き込みあり。近衛基熙は、寛文5年(1665年)から晩年まで『基熈公記』で知られる日記を書いている
ツイッター「源氏物語の世界」も合わせてご覧ください。P22△2冊セット/土壌學講義 上巻・中巻/大日本地質略図 付属/大工原銀太郎・著 裳華房 1925年発行 古書 241016。
源氏物 Yunsh wy 典的 Jngdin de不昧公 公卿 肉筆 保障 保証 真筆 真筆 親筆 古筆 本物保証 本物保障 室町 掛軸 掛け軸 自筆 天皇 茶道具 宗鑑 良寛 伝来 歌仙 極め 極札 極め札 鑑定